TOKIWA
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連載・第一篇 SERIES PART I
巻第四 第十九

越後国矢射子大明神

Echigo no Kuni Yashako Daimyōjin-ji — Shintōshū, Vol. IV, No. 19
典拠神道集 巻第四 第十九
著者渡邉 朱鷺
巻第四 第十九
原 典

越後国の一宮は矢射子大明神なり。此の大明神は美大菩薩なり。本地は阿弥陀如来なり。

二宮は両田大菩薩、また土生田大明神とも称す。本地は観音菩薩なり。

矢射子大明神は越後国蒲原郡に在す。大宝年間、教興上人が此の山に登り、阿弥陀如来の示現を蒙りて顕現す。

本地垂迹の理を明らかにし、衆生を済度する。山中に霊験多く、参詣者群集す。

此の神は国家鎮護・災難除けの神なり。神仏一体の証なり。

【要 約】

越後国一宮・矢射子大明神は「美大菩薩」と称され、本地仏は阿弥陀如来である。二宮は両田大菩薩(土生田大明神)で本地は観音菩薩。越後国蒲原郡に鎮座し、大宝年間(701〜704年)に教興上人が山に登って阿弥陀如来の示現を受けたことが顕現の起源とされる。山中に霊験が多く参詣者が集まる国家鎮護・災難除けの神として位置づけられる。他の巻第四諸話(立山権現事など)と共通する「上人の登山→如来の示現→顕現」という開山縁起の形式をとる。

【注記】

「矢射子大明神(やしゃこだいみょうじん)」は現在の弥彦神社(新潟県西蒲原郡弥彦村)に比定される。「矢射子(やしゃこ)」は「弥彦(やひこ)」の中世的な音写表記であり、越後国一宮として古代から重要な地位を占めた。縁起では「越後国蒲原郡」に鎮座とあるが、蒲原・三島両郡の境に位置する弥彦山の地理的あいまいさを反映する。

「美大菩薩(みだいぼさつ)」は阿弥陀(弥陀)菩薩の転訛で、神名そのものに本地仏の名が溶け込んでいる点は、在地信仰と浄土信仰の深い融合を示す。「教興上人(きょうこうしょうにん)」は「慈興上人」の異説とも記され、人物の特定が困難であるが、同じ巻第四・第二十の立山権現事と完全に同一の縁起パターン(大宝年間の上人による示現→開山)を持つ。巻第四が北陸・信越の山岳系権現を集中的に収録しており、この地域の修験道・浄土信仰の一体化した信仰圏が縁起の共通型として成立していたことがうかがえる。

── 本地仏対応表 ──
社格神名・別称本地仏
一宮矢射子大明神(美大菩薩)阿弥陀如来
二宮両田大菩薩(土生田大明神)観音菩薩