TOKIWA
目次Index
連載・第一篇 SERIES PART I
巻第四 第二十

越中国立山権現

Etchū no Kuni Tateyama Gongen-ji — Shintōshū, Vol. IV, No. 20
典拠神道集 巻第四 第二十
著者渡邉 朱鷺
巻第四 第二十
原 典

抑も越中の国の一宮をば立山権現と申す。御本地は阿弥陀如来是なり。十二所権現王子即ち十二光仏の止住する山なり。

一社の本地は無量光仏なり。二社の本地は無辺光仏なり。三社の本地は清浄光仏なり。四社の本地は歓喜光仏なり。五社の本地は智恵光仏なり。六社の本地は不断光仏なり。七社の本地は難勝光仏なり。八社の本地は法光仏なり。九社の本地は不退光仏なり。十社の本地は無垢光仏なり。十一社の本地は智慧光仏なり。十二社の本地は常照光仏なり。

此等の如く十二所王子達の御霊験忝き事、称へ計るべからず。

抑も此の権現と申すは大宝三年癸卯年三月十五日に教興上人といふ人御示現を蒙りて此の山に行き向い顕はし給へり。本地垂迹の理を明らかにし、神仏一体の証なり。

山中に地獄あり、血の池地獄・火焔地獄等、衆生の罪業を罰す。

然れども阿弥陀如来の誓願により、参詣者救済す。

【要 約】

越中国一宮・立山権現の総本地は阿弥陀如来であり、山中に鎮座する十二所権現王子の各社がそれぞれ阿弥陀如来の十二の光(十二光仏)に対応するという精緻な本地体系を持つ。大宝三年(703年)三月十五日に教興上人が示現を受けてこの山に赴いたことが立山開山の起源とされる。山中には血の池地獄・火焔地獄など衆生の罪業を罰する地獄が存在するが、阿弥陀如来の誓願によって参詣者は救済されるという構造を持つ。地獄と浄土が同一の山に共存するという立山信仰の核心が縁起として語られる。

【注記】

「十二光仏(じゅうにこうぶつ)」は阿弥陀如来の十二の光明を十二の如来として独立させた浄土信仰の概念。「無量光・無辺光・清浄光・歓喜光・智恵光・不断光・難勝光・法光・不退光・無垢光・智慧光・常照光」は『無量寿経』に説かれる阿弥陀如来の光明の名称に由来する。これを十二の社・十二の権現王子に一対一対応させた立山独自の体系は、『神道集』の中でも最も緻密な本地仏システムのひとつである。

「教興上人(きょうこうしょうにん)」は立山開山の伝承に登場する人物で、「慈興上人」とも記される。大宝三年(703年)の開山という日付は、矢射子大明神事(第十九)の「大宝年間」という記述と一致しており、北陸・信越山岳系権現の縁起が共通の歴史的枠組みを共有していることを示す。

「血の池地獄・火焔地獄」という具体的な地獄描写は、後代の立山曼荼羅(立山絵図)における地獄・浄土の視覚的表現の思想的源流をなす。参詣者が地獄の光景を目撃しながらも阿弥陀如来の誓願によって救済されるという構造は、山そのものを浄土と地獄が重なる「霊場」として体験させる立山信仰の本質を示している。

── 十二所権現・本地仏対応表 ──

総本地

権現本地仏
立山権現(一宮)阿弥陀如来

十二所権現王子・十二光仏

十二光仏(本地仏)
一社無量光仏
二社無辺光仏
三社清浄光仏
四社歓喜光仏
五社智恵光仏
六社不断光仏
七社難勝光仏
八社法光仏
九社不退光仏
十社無垢光仏
十一社智慧光仏
十二社常照光仏