TOKIWA
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連載・第一篇 SERIES PART I
巻第四・巻第十

諏方大明神

Suwa Daimyōjin — Shintōshū, Vol. IV / Vol. X
典拠神道集 巻第四・巻第十
著者渡邉 朱鷺
【三話の構成について】

『神道集』における諏方大明神の記述は三話に分かれる。巻第四の二話(第十七・第十八)は祭祀の由来を語る「祭祀起源譚」であり、巻第十(第五十)が神の正体と前生を語る「本地譚」の核心である。

巻第四 第十七 信濃国鎮守諏方大明神秋山祭事
祭祀起源譚
原 典

信濃国一宮は諏方の上宮で、本地は普賢菩薩である。二宮は諏方の下宮で、本地は千手観音である。

人皇五十代桓武天皇の御代、奥州の悪事高丸という鬼が現れ、帝に逆らう。帝は坂上田村麿に勅して討伐を命じた。田村麿は軍勢を率いて奥州に向かったが、鬼は強大で容易に討てなかった。田村麿は諏方大明神に祈願し、神助を求めた。大明神は示現し、田村麿に神威を授け、鬼を退治させた。

これにより、秋山祭(御射山祭)の神事が始まった。七月に御射山で狩を行い、鹿を射止めることで神恩に報いる。祭神は建御名方神。

諏方大明神はこれにより、信濃国の鎮守として顕れ、万民に利益を施している。

【要 約】

桓武天皇の御代に奥州の鬼・悪事高丸が帝に逆らい、坂上田村麿が諏方大明神に祈願して神助を得て討伐したことが秋山祭(御射山祭・七月の鹿狩神事)の起源とされる。諏方大明神を軍神・鬼退治の神として描く。

【注記】

「坂上田村麿(758〜811年)」は平安初期の実在の武将・征夷大将軍。全国の神社縁起に鬼退治の英雄として繰り返し登場する。「御射山祭(みさやまさい)」は現在も諏訪大社の神事として継承される。

巻第四 第十八 諏方大明神五月会事
祭祀起源譚
原 典

諏方大明神の五月会は、人皇五十代光孝天皇の御時より始まった。其の故を尋ねると、在五中将業平という臣下がいた。業平は青葉の笛を鬼に奪われ、帝に怨をなす。鬼は業平を呪い、笛を吹かせて人を惑わした。業平は諏方大明神に祈り、神助を得て鬼を退治した。

これにより、五月会(御狩の神事)が始まった。五月に狩を行い、鬼を払い、豊作を祈る。

大明神は本地普賢菩薩・千手観音を有し、衆生を救済する神として顕れた。これより諏方大明神の社殿を建立し、五月会を営んでいる。

【要 約】

光孝天皇の御代に在原業平が青葉の笛を鬼に奪われ、諏方大明神の神助で鬼を退治したことが五月会(五月の御狩神事)の起源とされる。秋山祭(七月・田村麿)と対になる構造で、二つの夏の狩神事の由来を語る。

【注記】

「在原業平(825〜880年)」は平安前期の歌人・『伊勢物語』の主人公のモデル。秋山祭事(田村麿・軍事的鬼退治)と五月会事(業平・文化的英雄による鬼退治)の対比は、諏訪信仰が武神と文化・芸能神の両面を持つことを示す。

巻第十 第五十 諏方縁起事(甲賀三郎伝説)
本地譚の核心
原 典

東海道の近江国二十四郡の内、甲賀郡に荒人神が顕れ、諏方大明神と云う。此の御神の応迹示現の由来を委しく尋ねると、以下の通りである。

人皇第三代安寧天皇より五代の孫に、近江国甲賀郡の地頭・甲賀権守諏胤という人がいた。奥方は大和国添上郡の地頭・春日権守の長女で、甲賀太郎諏致・次郎諏任・三郎諏方という三人の息子がいた。父諏胤は三代の帝に仕え、東三十三ヶ国の惣追捕使に任ぜられた。

七十余歳になった諏胤は病床に三人の息子を呼んだ。そして、三郎を惣領として東海道十五ヶ国、太郎に東山道八ヶ国、次郎に北陸道七ヶ国の惣追捕使の職を与えた。諏胤は七十八歳で亡くなり、三十五日の塔婆供養の三日後に奥方も亡くなった。

父の三回忌の後、甲賀三郎は上京して帝に見参し、大和国の国司に任じられた。甲賀三郎は春日郡の三笠山の明神に参詣し、春日権守の歓待を受けた。そして、春日権守の十七歳になる孫娘の春日姫と巡り会った。その夜、甲賀三郎は春日姫と夫婦の契りを交わし、近江国甲賀の館に連れ帰った。

甲賀三郎は伊吹山で巻狩りを催し、鬼を討つために出陣した。鬼は甲賀三郎を呪い、蛇に変えてしまった。三郎は蛇の姿で春日姫に別れを告げ、信濃国岡屋の里に諏方大明神の上宮として顕れた。本地は普賢菩薩である。

春日姫は下宮として顕れた。本地は千手観音である。維摩姫もこの国に渡って来て、浅間大明神として顕れた。甲賀三郎と兄たちは兵主大明神が仲裁した。

諏方大明神はこれらの本地を有し、信濃国に鎮座して、万民に利益を施している。これより諏方大明神の社殿を建立し、祭祀を営んでいる。

【要 約】

安寧天皇五代の孫・甲賀権守諏胤の三男・甲賀三郎諏方が主人公。父の死後に上京して大和国司に任じられた三郎は、春日明神参詣の場で春日姫と出会い結婚する。伊吹山で巻狩りを催し鬼退治に向かった三郎は、鬼の呪いによって蛇に変えられる。蛇の姿のまま春日姫に別れを告げた三郎は、信濃国岡屋の里に諏方大明神の上宮として顕現する(本地=普賢菩薩)。春日姫は下宮(本地=千手観音)として顕れる。

【注記】

甲賀三郎伝説は『神道集』の中でも特に有名な本地譚のひとつ。「鬼の呪いによって蛇に変身する」という構造は、二所権現事の継母が大蛇に変じる場面と好対照をなす。三郎は無実の被害者として蛇になるのに対し、継母は悪意から蛇になるという対称性がある。

「春日姫が下宮として顕れる」という構造は、二所権現事で常在御前が箱根権現の女体として顕れる構造と対応する。「夫婦が別れて神として顕現する」という縁起の型が共通している。

── 本地仏対応表 ──
前生の姿(因位)顕現先本地仏
甲賀三郎諏方諏方大明神・上宮(信濃国岡屋の里)普賢菩薩
春日姫下宮千手観音
維摩姫浅間大明神