一は国常立尊である。その由来を尋ねると、天地開闢の初め、天地の間に一つの物が有った。形は葦牙のようで、これが化して神と成った。これを国常立尊と云う。
次に国狭槌尊現る。次に豊雲野尊現る。
次に宇比地邇神・須比智邇神・角杙神・活杙神・意富斗能地神・大斗乃弁神・於母陀流神・阿夜訶志古泥神・伊奘諾尊・伊奘冉尊現る。これを神世七代と云う。
伊奘諾尊・伊奘冉尊は天の浮橋に立ち、天の瓊矛を以て海を探り、潮の滴りて成れる島を淡路島と名づく。次に生みて淡道之穂之狭別島、次に伊予之二名島、次に筑紫島、次に伊岐島、次に佐岐島、次に淡島、次に大倭豊秋津島を生む。これを大八島国と云う。
次に山・川・草木を生み、次に神々を生む。
神道の根本は天地開闢より始まり、神代七代を経て、人皇の御代に至る。
神は仏の本地なり。仏は神の垂迹なり。これを本地垂迹と云う。神仏一体の理を明らかにし、衆生を済度する。これ神道の由来なり。
天地開闢の初め、葦牙のような形から国常立尊が生まれ、国狭槌尊・豊雲野尊へと続き、伊奘諾尊・伊奘冉尊に至る神世七代が現れた。伊奘諾・伊奘冉は天の瓊矛で海をかき混ぜ、淡路島に始まる大八島国(日本列島)を生成した。神道の根本は天地開闢から神代七代・人皇の時代へと連続し、「神は仏の本地、仏は神の垂迹」という本地垂迹の理によって神仏一体が証される。本章は巻第一「神道由来之事」と対をなす神話総論である。
本章の内容は巻第一「神道由来之事」とほぼ重複する。巻第一が『神道集』全体の序論として機能するのに対し、本章は巻第五の東国神社縁起群の締めくくりとして、再び神道の根本原理に立ち返る構成をとっている。同内容の繰り返しは唱導文学の特性であり、聴衆に神仏習合の教義を刷り込む反復の効果を持つ。
神世七代の列挙は『古事記』の神代紀に依拠するが、独身神(単独神)と偶神(対神)の区別を意識せず一連として扱っている点が中世的な読み方の特徴である。独身の三神(国常立尊・国狭槌尊・豊雲野尊)と対をなす七対の偶神(宇比地邇神から伊奘諾・伊奘冉まで)を合わせて「七代」とする数え方は、記紀の数え方を踏まえつつ唱導用に簡略化したものと見られる。
「大八島国」の生成順序は、淡路島→(淡道之穂之狭別島)→伊予之二名島(四国)→筑紫島(九州)→壱岐→佐渡→淡島→大倭豊秋津島(本州)という『古事記』の序列を略記したものである。近畿・中国地方を中心とした列島認識が反映されており、東国の神社縁起を多く収める本書の構成との対照が興味深い。
「神は仏の本地なり。仏は神の垂迹なり」という命題は巻第一「神道由来之事」の冒頭に掲げられた『神道集』全体の基本公式である。本章がこれを再度明示することで、東国各地の縁起物語群が単なる地域伝承の羅列ではなく、この一つの宇宙論的原理の展開として読まれるべきことを示している。
| 代 | 神名 | 別称・特記 |
|---|---|---|
| 第一代 | 国常立尊 | 天地の間に葦牙の如く成る独身神 |
| 第二代 | 国狭槌尊 | 独身神 |
| 第三代 | 豊雲野尊 | 独身神 |
| 第四代 | 宇比地邇神・須比智邇神 | 対神(偶神) |
| 第五代 | 角杙神・活杙神 | 対神 |
| 第六代 | 意富斗能地神・大斗乃弁神 | 対神 |
| 第六代 | 於母陀流神・阿夜訶志古泥神 | 対神 |
| 第七代 | 伊奘諾尊・伊奘冉尊 | 対神。国産み・神産みの主神 |