TOKIWA
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連載・第一篇 SERIES PART I
巻第一 第五

御正体

Mishōtai no Koto — Shintōshū, Vol. I, No. 5
典拠神道集 巻第一 第五
著者渡邉 朱鷺
巻第一 第五 御正躰事とも
原 典

御正体とは神の真の姿なり。八幡信仰に於いて鏡(八咫鏡の関連)・石体権現等を指す。

本地仏の対応として、神体は鏡・石・木等に顕現す。

宇佐八幡宮の石体権現は馬城峯に顕れ、高さ一丈五尺、広さ一丈ばかり、寒雪の頃も暖かきなり。人々が怪しみて御殿を造らんとせしに、「我が石体として顕れたるは将来に至るまで久しき故なり。御殿を造るべからず」と託宣あり。

御正体は神の本地を現す鏡・像等なり。神仏一体の証として、鏡は天照大神の御霊を表し、八幡の石体は応神天皇の御霊なり。

衆生を済度する為に神体として顕現す。これ神道の深義なり。

【要 約】

御正体(みしょうたい)とは神の真の姿、すなわち神体のことである。鏡・石・木などの物質に本地仏の霊が宿って顕現するという神仏習合的な神体論を展開する。宇佐八幡宮の石体権現が馬城峰に現れた逸話——冬でも暖かく、御殿建立を拒む託宣——を具体例として示す。鏡は天照大神の御霊を、八幡の石体は応神天皇の御霊を表す神仏一体の証であり、「衆生を済度するために神体として顕現する」という一文で神体の意義を結ぶ。

【注記】

「御正体(みしょうたい/おしょうたい)」は、神仏習合において仏像や懸仏(かけぼとけ)の形で神社に祀られた礼拝対象物を指す。中世の神社では本殿の御神体として鏡の背面に仏像を鋳出した「懸仏」が多用された。本地垂迹説の「神体=本地仏の仮の姿」という論理が、物質的な神体にも適用されている。

「馬城峯(うまきのみね)」は宇佐八幡宮の背後にある峰の名。石体権現が「御殿を造るな」と命じる託宣は、自然石・磐座(いわくら)信仰の古層を、本地垂迹説の枠組みで語り直したものと解される。巻第八「鏡宮事」は御正体事の補論的な位置づけをもつ。

── 神体・本地仏対応表 ──
神体の形態表す霊・神格象徴的意義
鏡(八咫鏡)天照大神の御霊太陽・光明・真如
石体権現(馬城峰)応神天皇の御霊(八幡大菩薩)永久不変・大地の堅固