TOKIWA
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連載・第一篇 SERIES PART I
巻第六 第三十四

児持山大明神

Kochiyama Daimyōjin-ji — Shintōshū, Vol. VI, No. 34
典拠神道集 巻第六 第三十四
著者渡邉 朱鷺
巻第六 第三十四 上野国児持山之事
原 典

人皇四十代天武天皇の御代、伊勢国度会郡より荒人神が顕れ、上野国群馬郡白井保に児持山大明神として垂跡した。其の故を尋ねると、以下の通りである。

児持御前は伊勢国渡会郡の長者の娘で、父の愛情を一身に受けた。しかし、継母の嫉妬により虐待され、父の留守中に山に捨てられた。児持御前は乳母子と共に苦難に耐え、観音に祈願した。乳母子は児持御前を守り、父の帰りを待ったが、継母の策により父は誤解し、児持御前を殺そうとした。

児持御前は父の剣に刺され、死に臨んで「我は児持山に神として顕れ、産婦を守護せん」と誓った。

児持御前は児持山に登り、如意輪観音として顕現した。乳母子の侍従局は大鳥山の北の峠に半手木鎮守として顕れた。北の方は群馬の白井保の内の武部山に住まわれている。

因位は児持御前なので、武部山の名を児持山と改め、児持山明神と云う。本地は如意輪観音である。誠に平産守護開運の大神なり。これより児持山大明神の社殿を建立し、祭祀を営んでいる。

【要 約】

天武天皇の御代に伊勢国度会郡から上野国群馬郡へと垂跡した縁起を語る。主人公・児持御前は伊勢国渡会郡の長者の娘で、継母の嫉妬により山に捨てられ、乳母子とともに苦難に耐える。継母の讒言によって父が誤解し、ついに父自身の剣に刺される。死の瀬戸際で「産婦を守護せん」と誓い、如意輪観音として児持山に顕現する。乳母子・侍従局は大鳥山の峠に半手木鎮守として顕れる。在地の山名「武部山」が「児持山」に改称されたことで、縁起と地名が結びつく。本地仏は如意輪観音。平産・安産守護の神として信仰される。

【注記】

「如意輪観音(にょいりんかんのん)」は如意宝珠と法輪を持つ観音で、現世利益・安産・開運の守護として信仰が厚い。「産婦を守護せん」という誓願と如意輪観音の本地仏が直接対応しており、縁起の本地仏選択が神の御利益と意味論的に一致している。

「父の剣に刺されて神になる」という構造は、上野国グループの中で最も悲劇的な形式をとる。赤城事(継母を追放→父と再会→山へ顕現)・伊香保事(戦火の中で消える)と比較すると、父による誤認殺害という要素は御霊信仰(非業の死を遂げた者が神となる)の系譜に近く、平安時代の怨霊信仰との接点を示唆している。

「伊勢国度会郡(渡会郡)」を出自とする設定は、内宮・外宮を擁する伊勢神宮の聖地性を縁起に取り込み、上野国の在地神に権威を付与する機能を持つ。

── 本地仏対応表 ──
前生の姿(因位)顕現先本地仏
児持御前(伊勢国渡会郡の長者の娘)児持山大明神如意輪観音
乳母子・侍従局大鳥山北の峠・半手木鎮守