TOKIWA
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連載・第一篇 SERIES PART I
巻第六 第三十五

白山権現

Hakusan Gongen-ji — Shintōshū, Vol. VI, No. 35
典拠神道集 巻第六 第三十五
著者渡邉 朱鷺
巻第六 第三十五
原 典

抑も白山権現とは、北陸加賀国白山の雪山に垂迹せられ給へり。

かの御山と申すは、千歳の寒氷氷結て解けず、四節の名花は一時に競ひ咲く霊山なり。

垂迹の時期に二説あり。一つは第四十四代元正天皇の霊亀二年(716年)、もう一つは第四十九代光仁天皇の宝亀二年(771年)、泰澄大師が顕現せしとする。

白山権現の大御前の本地は十一面観音菩薩なり。小男地(大汝峰)の本地は阿弥陀如来なり。別山大行事の本地は聖観音菩薩なり。

五人の王子あり。太郎王子は剣御前、本地は大聖不動明王なり。次郎王子は虚空蔵菩薩なり。三郎王子は地蔵菩薩なり。四郎王子は毘沙門天王、本地は文殊菩薩なり。五郎王子は弥勒菩薩なり。

当社権現の五万八千の采女は皆鶏鳥(にわとり)なり。信濃の浅間も同じく此の御神なり。

本地垂迹の理を明らかにし、神仏一体の証なり。山中に霊験多く、衆生を済度する。

泰澄大師は白山に登り、翠ヶ池より十一面観音の示現を蒙りて開山せり。これにより白山は修験の霊場となり、国家鎮護の神と成る。

【要 約】

白山権現は加賀国の白山に垂迹した霊山神で、「千年解けぬ氷と四季同時に咲く花」という超自然的な山容の描写から始まる。垂迹の年代に霊亀二年(716年)と宝亀二年(771年)の二説がある中、泰澄大師が翠ヶ池で十一面観音の示現を受け開山したという縁起が骨格をなす。

本地仏の体系は三所権現と五王子に分かれ、三所(大御前・小男地・別山)が十一面観音・阿弥陀如来・聖観音、五王子がそれぞれ独立した本地仏を持つ、計八神格の精緻な構成である。「五万八千の采女がすべて鶏鳥(鶏)である」という特異な記述と、「信濃の浅間山も同じ神」という広域的な同一神論が付されており、白山信仰の中世的な拡大を示す。

【注記】

「泰澄大師(たいちょうだいし)」(682〜767年)は越前国の僧で、白山開山の伝承を担う実在の人物。「翠ヶ池(みどりがいけ)」は御前峰山頂直下の火口湖で、現在も白山比咩神社の奥宮が鎮まる。十一面観音が池の中から姿を現すという「池中出現型」の示現は、日本の山岳霊場縁起に頻出するパターンである。

三所権現の本地仏体系は白山比咩神社の三峰(御前峰・大汝峰・別山)に対応する。御前峰=十一面観音、大汝峰=阿弥陀如来、別山=聖観音という対応は、現在も白山信仰の中核として継承されている。同じ巻第六に収録された児持山大明神事(如意輪観音)・三嶋大明神事(薬師如来)と並び、観音系本地仏が北陸・東国の山岳霊場に集中する傾向が確認できる。

「五万八千の采女は皆鶏鳥」という記述は異色であり、白山の眷属信仰における鳥類との結びつきを示す。「鶏」は夜明けを告げる神聖な鳥として神社祭祀にも登場し、白山の浄化・除災的性格との関連が考えられる。「信濃の浅間も同じ御神」という一文は、白山神と浅間山(浅間大社)の神格を同一視する広域的な山岳神同定論であり、中世神話の地理的拡大を示す好例である。

── 本地仏対応表 ──

三所権現

御峰・社権現名本地仏
御前峰(大御前)白山権現十一面観音菩薩
大汝峰(小男地)小男地権現阿弥陀如来
別山別山大行事聖観音菩薩

五王子

王子名別称本地仏
太郎王子剣御前大聖不動明王
次郎王子虚空蔵菩薩
三郎王子地蔵菩薩
四郎王子毘沙門天王文殊菩薩
五郎王子弥勒菩薩