TOKIWA
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連載・第一篇 SERIES PART I
巻第三

香取大明神事

Kashima & Katori Daimyōjin-ji — Shintōshū, Vol. III
典拠神道集 巻第三
著者渡邉 朱鷺
巻第三 鹿島大明神事常陸国の武神・国譲りの主役
巻第三 鹿島大明神事
原 典

鹿島大明神は天照大神第四の御子、天津見屋根命なり。金鷲に駕して常陸国に入り天下を治む。古内山の旧跡鹿島里に千年下ると云う。

また云く、鹿島大明神は常陸国鹿島郡に鎮座す。本地は武甕槌神なり。因位の昔は高天原にて、国譲りの勅命を受け、出雲に下り、大国主命に国譲りをさせ給う。その功によりて、常陸国に降臨し、鹿島大明神として顕現せり。神威猛く、武勇に優れ、天下の武神なり。

鹿島神宮は東国の鎮守として、武士の信仰厚く、源頼朝も崇敬せり。祭神は武甕槌命なり。

本地垂迹の理により、仏法を擁護し、衆生を救済する神として顕れた。これより鹿島大明神の社殿を建立し、祭祀を営んでいる。

【要 約】

香取大明神は経津主神であり、鹿島大明神の副神として国譲りの際に出雲に下って大国主命を説得したとされる。天照大神の勅命のもと鹿島大明神とともに国譲りを完遂し、下総国香取郡に鎮座した。鹿島神宮と並んで「神宮」の称号を持つ全国的な格式を有し、仏法護持・天下泰平を祈る神として本地垂迹の枠組みに位置づけられる。

【注記】

「経津主神(ふつぬしのかみ)」は『日本書紀』において武甕槌神(鹿島)と並んで国譲りに派遣された刀剣の神。『古事記』では武甕槌神のみが語られ、経津主神は登場しない。『神道集』が香取大明神の縁起に経津主神を採用した点は、日本書紀的な神話体系への依拠を示す。

鹿島・香取の両社は奈良時代以来、「神宮」の称号を許された格式高い社として知られ、東国の軍事的守護神として武士から篤く信仰された。鎌倉時代には源頼朝が両社に戦勝祈願を行ったとされる。二所権現・三嶋大明神との関係でも、頼朝の東国における宗教的基盤を形成した神社群として歴史的に結びつく。

── 本地仏対応表 ──

鹿島大明神

前生の姿(因位)鎮座地本地神・本地仏
武甕槌神(国譲りの功)常陸国鹿島郡(鹿島神宮)武甕槌命

香取大明神

前生の姿(因位)鎮座地本地神・本地仏
経津主神(国譲りの功)下総国香取郡(香取神宮)経津主命
【両社の比較】

鹿島・香取事は他の縁起と比べて「前生の人間ドラマ(前生譚)」がなく、仏教的な本地仏(阿弥陀如来・千手観音等)も明示されない。記紀神話の神代の功績そのものが縁起の核心であり、仏教的装飾が薄い点が特徴的である。これは両社が『神道集』以前からすでに国家的権威を確立しており、在地の縁起物語を必要としなかったためと考えられる。