鹿島大明神は天照大神第四の御子、天津見屋根命なり。金鷲に駕して常陸国に入り天下を治む。古内山の旧跡鹿島里に千年下ると云う。
また云く、鹿島大明神は常陸国鹿島郡に鎮座す。本地は武甕槌神なり。因位の昔は高天原にて、国譲りの勅命を受け、出雲に下り、大国主命に国譲りをさせ給う。その功によりて、常陸国に降臨し、鹿島大明神として顕現せり。神威猛く、武勇に優れ、天下の武神なり。
鹿島神宮は東国の鎮守として、武士の信仰厚く、源頼朝も崇敬せり。祭神は武甕槌命なり。
本地垂迹の理により、仏法を擁護し、衆生を救済する神として顕れた。これより鹿島大明神の社殿を建立し、祭祀を営んでいる。
鹿島大明神は天照大神の第四の御子・天津見屋根命とされ、金鷲に乗って常陸国へ入ったと語られる。因位(前生)においては高天原にて国譲りの勅命を受け、出雲に下って大国主命に国譲りをさせた武甕槌神であり、その功績により常陸国鹿島郡に鎮座した。東国武士の信仰を集め、源頼朝の崇敬でも知られる。本地垂迹の枠組みにより、仏法擁護・衆生救済の神として位置づけられる。
「武甕槌神(たけみかづちのかみ)」は『古事記』『日本書紀』の国譲り神話において、天照大神の命で出雲に派遣された雷神・剣神。鹿島大明神が本地(因位)に武甕槌神を据える構造は、記紀神話の神代の功績を縁起に直接接続した形式であり、他の諸神縁起が「前世の人間ドラマ」を語るのとは異なる簡潔さを持つ。
上野国グループ(赤城・伊香保・児持山)が「継母の迫害・苦難・山への顕現」という前生物語を詳細に語るのに対し、鹿島・香取事は前生の人間ドラマをほとんど持たず、神代の功績と武神の威光を簡潔に提示する。これは鹿島・香取が記紀神話体系にすでに深く組み込まれた国家的神社であり、在地起源を語る必要が相対的に薄かったためと解される。
香取大明神は経津主神なり。鹿島大明神の副神として、国譲りの時に出雲に下り、大国主命を説得せり。
本地は経津主命なり。因位の昔は高天原にて、天照大神の勅命を受け、鹿島大明神と共に国譲りを成し遂げ、常陸国に降臨せり。下総国香取郡に鎮座す。
神威は鹿島と並び、武神として東国の守護なり。香取神宮は鹿島神宮と並び、神宮と称せられ、全国にその威光を放つ。
本地垂迹により、仏法を護持し、天下泰平を祈る神として顕れた。これより香取大明神の社殿を建立し、祭祀を営んでいる。