TOKIWA
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参考文献 REFERENCE
第四十四

鏡宮

Kagaminomiya-ji — Shintōshū, No. 44
典拠神道集 巻第八 第四十四
著者渡邉 朱鷺
巻第八 第四十四
原 典

人皇二十一代安康天皇の御代、奥州浅香郡の山形という山里に六十余人の百姓が住んでおり、その中から一人の小賢しい老翁が年貢を納めに上京した。

京の都に鏡を売る商人があり、老翁は鏡を買おうとしたが、金が足りなかった。鏡の売主は男が遠い山国から来たと知り、騙して鏡を売りつけようと思った。「これは天照太神のお姿を写した鏡と云う物です。天照太神が御子の天忍穂耳尊に与えた益鏡で、天岩戸の益鏡という物です」と偽って高値で売った。

老翁は鏡を買い、故郷に持ち帰り、村人に見せた。村人は鏡に写った自分の姿を見て驚き、「これは我が姿か」と恐れ、鏡を祠に納めて祀った。これが鏡宮の始めである。

本地は天照太神の御正体にして、益鏡なり。本地垂迹の理を明らかにし、神仏一体の証なり。

鏡は万法の影を浮かべ、諸法の形を写す。故に真言の五智十識も鏡なり。顕教の四智三身も鏡なり。往生浄土の教門も同様なり。七重の宝樹・宝蓋、一切の仏事、十方の浄土も此の中に化現する。観音の己身の光も、五道衆生の一切の姿も此の中に化現する。

我が朝の神明の御正体は、天照太神の豊明益鏡にして、今の内侍所なり。鏡宮はこれを祀る社なり。衆生を済度する為に鏡として顕現す。これ神道の深義なり。

【要 約】

安康天皇の時代、奥州の山里の老翁が上京した際、都の商人に「天岩戸の益鏡・天照太神の御姿を写した鏡」と偽られて鏡を買わされた。帰郷した老翁が村人に鏡を見せると、己の姿が映るのを神の現れと恐れて祠に祀った。これが鏡宮の起源である。本章後半は鏡の象徴論に転じ、鏡は万法・諸法を映すものとして真言の五智・顕教の四智・浄土・観音の光を宿すと説く。天照太神の豊明益鏡が皇居の内侍所に納められ、鏡宮はその縁起社として位置づけられる。

【注記】

この縁起の骨格となる「商人の嘘が神社の起源となる」という逆説的な構造は、『神道集』の縁起譚の中でも異色である。偽りの言葉が結果として神の顕現を生じさせるというモチーフは、中世の「因縁」観——どんな縁も仏・神との縁となり得る——を体現している。詐欺から始まる縁起が否定されないのは、老翁と村人の信心が純粋であったためと読むことができる。

「村人は鏡に写った自分の姿を見て驚き、我が姿かと恐れた」という場面は、鏡が「神の姿を映す」と同時に「己の姿を映す」という二重性を持つことを示している。自分の姿が即ち神の姿であるという「己即神」の読みは、本地垂迹思想の反転——衆生が仏の姿を持つという如来蔵思想——と響き合う。

「真言の五智十識も鏡なり。顕教の四智三身も鏡なり」という展開は、鏡を宗教的認識の普遍的象徴として位置づける。密教の五智(大円鏡智・平等性智・妙観察智・成所作智・法界体性智)の筆頭が「大円鏡智」であることは偶然ではなく、鏡は密教的智慧の根本比喩である。本章はこの密教の鏡象徴論を神道の神体(御神体としての鏡)に接合している。

内侍所(温明殿)は皇居内に天照太神の御神体である八咫鏡の形代を奉安する所で、天皇が最も親しく祭る場所である。鏡宮(伊勢神宮内宮末社)はこの内侍所の鏡と同系の「益鏡」を御神体とするとされ、伊勢と皇居の鏡信仰を神話的に結ぶ縁起となっている。巻第一「御正体事」と合わせて読むことで、神体としての鏡の重層的な意味が浮かび上がる。