TOKIWA
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連載・第一篇 SERIES PART I
巻第三

祇園大明神

Gion Daimyōjin-ji — Shintōshū, Vol. III
典拠神道集 巻第三
著者渡邉 朱鷺
巻第三 祇園大明神事
原 典

祇園大明神を世の人は天王宮と呼ぶ。即ち牛頭天王なり。

牛頭天王は武答天神王等の部類の神なり。天形星・武答天神・牛頭天王として崇む。本地は釈迦如来なり。垂迹は素盞嗚尊なり。或は本地を薬師如来、垂迹を牛頭天王と云う。

牛頭天王は震旦(中国)の清涼山(五台山)に在し、疫神を退け衆生を救う。日本に渡来し、祇園精舎の守護神として顕現す。

清和天皇の貞観年間、疫疠流行の時、神託ありて「我を祇園に勧請せよ」と。これにより祇園社を建立し、国家鎮護・疫病除けの神と成る。本地垂迹の理を明らかにし、神仏一体の証なり。

牛頭天王は素盞嗚尊の垂迹にして、八頭八尾の大蛇を退治せし功により、天王と称す。また天刑星の神威を現じ、病魔を払う。

衆生の苦を救う為に神として顕現す。これ祇園の深義なり。

【要 約】

祇園大明神(天王宮)は牛頭天王のことで、天形星・武答天神・牛頭天王という三重の神格をもつ。本地は釈迦如来(異説では薬師如来)、垂迹は素戔嗚尊。震旦(中国)の清涼山(五台山)に在して疫神を退けた牛頭天王が日本に渡来し、清和天皇の貞観年間に疫病流行の際の神託により祇園社(現・八坂神社)に勧請された。素戔嗚尊の垂迹としての側面では、ヤマタノオロチ退治の功が天王の称号の由来とされ、天刑星の神威として病魔払いの御利益が語られる。

【注記】

「牛頭天王(ごずてんのう)」はインド仏教の守護神に起源をもち、中国の道教的神格と習合しながら東アジアに広まった疫神。日本では素戔嗚尊と習合し、祇園社(現・八坂神社)の祭神として中世に広く信仰された。「天刑星(てんぎょうせい)」「武答天神(ぶとうてんじん)」は中国の星神・道教的神格であり、牛頭天王の「外来的」な重層性を示す。

本地仏に「釈迦如来(主説)」と「薬師如来(異説)」の二説が併記されている点は注目に値する。薬師如来は病気平癒の如来であり、疫病退散神としての牛頭天王の御利益と意味論的に直結する。釈迦如来の設定は祇園精舎の守護神という「祇園=祇樹給孤独園(インドの精舎)」との結びつきによる。

「清和天皇の貞観年間」は869年(貞観11年)に京で流行した疫病(貞観の疫)に対応する祇園御霊会の起源として史書にも記録される。祇園事・鹿島事ともに清和天皇代(858〜876年)を成立の時代として記述しており、貞観期が東国・中央双方の神社整備の画期として認識されていたことを示す。

── 本地仏対応表 ──
垂迹別称・神格本地仏備考
素盞嗚尊(牛頭天王)天王宮・天刑星・武答天神釈迦如来(主説)祇園精舎守護の縁による
素盞嗚尊(牛頭天王)同上薬師如来(異説)疫病平癒の御利益による